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2008年05月14日

梅原猛さん②

梅原猛さんをわたしが知ったのは今から30年以上前。わたしは中学1年生でした。ある日曜日の昼下がりなにげにテレビを見ていたら、「法隆寺の謎!」みたいな感じの番組がやっていました。

聖徳太子の子孫は蘇我氏に抹殺され、法隆寺は聖徳太子一族の怨霊をしずめるために造られた寺院である、というショッキングな内容の番組に、当時のわたしは度肝を抜かれました。なぜなら、聖徳太子は17条憲法を作るなどの偉人であり、その子どもたちが親戚である蘇我氏によって滅ぼされたなんて話は教科書に全く載っていないのですから。

しかし、番組が進むにつれ、その理由が理路整然と説明され、最後にはその説以外に考えられないとさえ思いました。

その番組とは、梅原猛さんの著書「隠された十字架」を基につくられたもので、番組の中で何度も梅原さん自身の解説が入りました。

この番組を見たのがきっかけで、わたしの歴史好きはますます高まります。ただし、当時は梅原猛さんの名前がわからず、梅原日本学に傾倒するのは高校生になってからでしたが。

何よりもわたしが感動したのは、梅原さんが番組の最後にこうおっしゃったからです。

「法隆寺にはたくさんの謎がある。わたしは自分の説がその謎を一番よく説明できると現時点では思っている。しかし、わたしの説よりもうまく説明できる新説が出てきたら、潔く自説を引っ込めます。それまではわたしは誰になんと言われても自説を曲げるつもりはありません。」

当時、すでに梅原さんは日本史学会からは白い眼で見られ、哲学者としてはドロップアウトしていたような形であったと後に知りました。逆風の中で一所懸命真理を追求され、今日に至るわけです。

ホント、すごい方ですね!


Posted by あるまかん at 00:10│Comments(0)