「あなたは中国経済を信じますか」 ( 2012年01月27日 )
先週の1月16日発売の『週刊ダイヤモンド』の特集は“中国”でした。
躍進めざましい中国も、最近では少しかげりがみえてきたと言われます。
そのあたりを勉強しようと思い、本書を購入しました。
中国の現状を、
1.製造業
2.不動産バブル
3.格差社会
4.日本から進出した企業
5.中国政府(政治)
の5つの観点から分析し、今後どうなっていくかを考察しています。
閑話休題、小生は諸般の事情で“中国嫌い”です。しかし、中国製の製品を使い、中国の影響なくして日本経済を語れない現代社会においては、中国の現状把握と今後の進む方向性の予測、そしてそれによって日本社会がどう変わるのかを考えることは大切だと考えます。
中国に行ったのは1回きり。平成8年のことでした。久しぶりに中国を旅したいものです。
『そうか、もう君はいないのか』 ( 2012年01月26日 )
先日ご紹介した『ひまわり』が若い頃に見るべき映画だとしたら、この本は50歳を越えてから読む本なのかもしれません。
そういった読者層を意識してか、文庫本なのに字が大きく、字間もとってあります。最近、とみに老眼が進んだ私にとって、光学的にもたいへん読みやすい本でした。
城山さんの赤裸々で、プリミティブな文章が、まるで少年が書いたラブレターのようでもありました。
ご存じの方も多いと思いますが、これは経済小説のパイオニア・城山三郎さんが奥様とご自分のことを書かれた手記です。
運命的な、ある種少女マンガにでも出てきそうな出会い、電撃的な再会、幸せな結婚生活、そしてやがて来る永久の別れ・・・人生とはこうありたいと思う、城山さんのご結婚生活が心底うらやましくなるお話でした。
幸せなご家庭のアルバムを見せてもらったようなとても温かい気持ちになりました。
寅さんやサザエさんに登場するような幸せな家庭。
不倫や熟年離婚、ひきこもり、家庭崩壊・・・などという言葉と全く無縁の生活。
実は、昭和時代というのはこういう家庭が当たり前ではなかったのかという気もします。
豊かになった分、家庭は個人主義となり、物理的に得られたモノと同じだけ精神的な面では失くしたモノがあるのではないか? ふと、そんなことを考えてしまいました。
(それは錯覚であると思いますが・・・。)
少し、日々の生活に疲れた中高年の方にお薦めしたい1冊です。
・データ:城山三郎著『そうか、もう君はいないのか』新潮文庫、362円+税
『ラプンツェル』 ( 2012年01月25日 )
先日の内田也哉子さんのレクチャーで、彼女が朗読したのがこの本でした。
グリム童話で、文は也哉子さん。
絵は、水口理恵子さんという方が描いてみえます。
文もいいけど、絵もいい。
そして朗読がとてもよかったのです。
この本を手にとって読むと、也哉子さんの低いトーンの声が聞こえてくるようです。
レクチャーでは、この絵本の創作秘話のような話もありました。
その話を聴くと、元々素晴らしい本だけれど、何倍も何倍も魅力的になるのです。
そんな気持ちでモノがいつも買えるといいのになぁ・・・。
・データ 『ラプンツェル』フェリシモ出版、1,286円+税金
「イケムラレイコ うつりゆくもの」 ( 2012年01月24日 )
終った後の話で恐縮ですが、今月22日まで三重県立美術館で展示されていた「イケムラレイコ うつりゆくもの」を観てきました。
イケムラレイコさんは、津市のご出身。
1980年代の作品から2011年の作品まで、年を追うにつれて変化する作品群はおもしろく、たいへん興味深いものでした。
閑話休題、わたしは展覧会を見に行くと、まずはぐるっと、ザーッと見ます。次にゆっくり、じっくり観て回ります。美術品に詳しいわけでもなく、予備知識はありませんから、かなりいい加減な見方です。今回もそうでした。
美術館の中を行ったり来たりするものですから、不審に見えたのでしょう、警備員の方から、作品の見方を注意されました。
警備員の方曰く、「入口でもらったパンフに作品No.が記されているからそれと照合すれば作品名がわかりますよ」。
若い頃のわたしなら「余計なお世話。おとといきやがれ。」的な言葉を吐いたのですが、年相応に円くなった今では、「ご親切に、どうも」とにこやかに会釈いたしました。
冒頭にも書きましたが、もう終っちゃいましたけど、いい展覧会でした。
『次から次と成功する起業相談所』 ( 2012年01月23日 )
わたしの心の師・小出宗昭さんの著書『次から次と成功する起業相談所』(昨年発売)を遅ればせながらようやく拝読いたしました。
(心の師と尊敬している割に新著が発刊されたことも知らず、汗顔のいたりです。)
本書には、小出さんの携わられた起業・活性化等の成功事例が満載です。読んでいると、なんだか簡単に起業や地域活性化できそうな錯覚に陥り、元気になります。
言うまでもなく、現実がそんなに甘くないことは本書を手に取るような方には“百も承知”のことかと思います。
けれど、けれど、小出さんの見事な書きっぷりに、その気になってくるのですから不思議です。
これぞ!小出さんの魔法なのでしょう。
本書にも繰り返し書かれているように、「どんな人にも強みがある。それをまず気付かせることが出発点」と小出さんは言われます。
わたしも小出さんに強みを発見してもらった一人だと勝手に思い込んでおります。(その後、期待に応えられず、啼かず飛ばずは反省せねばなりませんが・・・。) 近い将来、小出さんの後ろを走れるようになればと考えております。
閑話休題。本書は起業支援や町おこしに携わる方々にぜひお薦めしたい1冊です。
内田也哉子さんのレクチャー ( 2012年01月22日 )
子どもの本専門店「メリーゴーランドさん」のレクチャーで内田也哉子さんの話を拝聴してきました。
たいへんよかったです。
世の、子育て中のお母さま方にきいてもらいたい内容でした。
説明不足で誤解されるかもしれませんが、
“親はなくとも子は育つ”
という諺を実感した次第です。
朗読も素晴らしかったですよ!
『ひまわり』 ( 2012年01月21日 )

わたしの高校時代の友人で、映画好きだった男が、「一番いい!」と言っていたのが、この映画でした。(もう今から30年前の話で、当時わたしらは18歳でした。)
最近、わたしの先輩で、やはり映画好きな方が長年たくさん観てきた中でベスト3くらいに入るのが、やはりこの作品だと言われました。
このあまりに有名な作品をわたしは今まで見たことありませんでした。
なんとなく見逃してきた昔の名画の一つです。
「語り継ぎたい映画シリーズ」ということで、ワーナーマイカルシネマで上映されていたので、本日鑑賞してきました。
まずは、ソフィア・ローレンが綺麗、そしてセクシーです。(言うまでもないことですね。)
“戦争に引き裂かれた男女の切ない恋を描く”というのがこの映画の解説文に載っています。
映画の最初に映る一面のひまわり畑の明るさと、そのバックに流れるもの哀しい音楽がこの話の行く末を暗示していると思いましたが、まさかああいう展開とは思いませんでした。
戦争によって運命が変わるというのは、『シェルブールの雨傘』に通じるところがあります。
1970年ころ、当時のソ連で映画を撮影したというのも驚きです。しかも撮影したある場面のバックに映った光景は原子力発電所ではないのでしょうか?(と思いきや、ネットで調べてみると火力発電所のものだそうです。早とちりでした。)
閑話休題、『ひまわり』。わたしはこの映画を観るには歳をとりすぎたと思います。
多感な十代の頃に観たなら、涙を流したことでしょう。
また、歳をとった分、いろんな映画やテレビを見すぎました。その分感性は鈍く、まるで鎧に覆われたようになっています。
いい映画なのに、素直にそれを認められない自分に嫌気がさします。
それにしてもこの映画を見ていると、やはり映画という“光と影の芸術”は20世紀のモノなんだなぁと感じた次第です。
今月26日までマイカルシネマ津(今もこの名前でよかったのかな?)で上映されているので、気になる方はご覧ください。
「売れない」から脱出する法 ( 2012年01月18日 )
2012年1月11日付け日経新聞から。同紙名物コラム「招客招福の法則」に次のようなタイトルの文章がありました。
「売れない」打開策は“策”でない
内容は、ある繁盛しているクリーニング店では、売ろうとしなくても売り物でないものまでお客さんが買っていくという不思議な話です。
『「売れない」状況の抜本的な打開策は、“策”ではないのである。』でこのコラムは結ばれていますが、肝心の部分は、ぜひ図書館などで日経MJ新聞を探して読んでもらえればと思います。
それにしてもこのコラムは本当にスゴイ。いつも驚きのエピソードが書かれていて、感心する限りです。
「売れない」打開策は“策”でない
内容は、ある繁盛しているクリーニング店では、売ろうとしなくても売り物でないものまでお客さんが買っていくという不思議な話です。
『「売れない」状況の抜本的な打開策は、“策”ではないのである。』でこのコラムは結ばれていますが、肝心の部分は、ぜひ図書館などで日経MJ新聞を探して読んでもらえればと思います。
それにしてもこのコラムは本当にスゴイ。いつも驚きのエピソードが書かれていて、感心する限りです。
お千代保稲荷さん ( 2012年01月17日 )
三重県においても商売の神様として有名な岐阜の「お千代保稲荷さん」に行ってきました。
実は、わたしは初めて行きました。
お参りの仕方もよくわからず、見よう見まねで参拝してきました。
油揚げをお供えするんですね。
それにしても参道のお店の活気のあることに驚きました。
参道のお店を大きく分けると、
1 熊手や福笹など縁起物を売るお店
2 野菜や漬物を売るお店
3 串揚げなどを売るお店(飲食店)
4 草もちやなつかしい駄菓子を売るお店
5 ナマズをはじめ川魚の料理店またはそれらの調理品を売るお店
6 衣料品店
安くて新鮮な野菜が売っているお店が多いことに驚きました。
これぞ門前町の賑わいですね。
楽しい参拝でした。
『ダーク ナイト』 ( 2012年01月16日 )
15日付けのブログに書いたように某社長と竹泉亭に行った際、映画の話になり、少し前の作品として『ダーク ナイト』が話題に上りました。今年の夏ごろに続編ができるとか。
『ダーク ナイト』はバットマンシリーズの最新作です。
わたしはそれを知らず見逃していました。
実は、わたしはバットマンが大好きです。
といっても、子どもの頃にアメリカのTVシリーズを見ていて、その印象がすごくよかったからです。
アメコミ風のつくりで、どこかコメディタッチのドタバタ風なところもありました。その一方で、バットマンの基地がカッコよく、音楽もよかったですね。
閑話休題、『ダーク ナイト』。90年代からのバットマンの映画はどんどんよくなってきてましたが、この『ダーク ナイト』は傑作ですね。
特にジョーカーの鬼気迫る演技がよかった。できれば英語のセリフがそのまま理解できるともっと感動しただろうなぁ?!
それにしても、あの子どものころ見ていたTVシリーズと違い、なんと暗いムードの作品なんだろう。(原作のコミックもそうなのかなぁ??)
続編が楽しみです。
『ダーク ナイト』はバットマンシリーズの最新作です。
わたしはそれを知らず見逃していました。
実は、わたしはバットマンが大好きです。
といっても、子どもの頃にアメリカのTVシリーズを見ていて、その印象がすごくよかったからです。
アメコミ風のつくりで、どこかコメディタッチのドタバタ風なところもありました。その一方で、バットマンの基地がカッコよく、音楽もよかったですね。
閑話休題、『ダーク ナイト』。90年代からのバットマンの映画はどんどんよくなってきてましたが、この『ダーク ナイト』は傑作ですね。
特にジョーカーの鬼気迫る演技がよかった。できれば英語のセリフがそのまま理解できるともっと感動しただろうなぁ?!
それにしても、あの子どものころ見ていたTVシリーズと違い、なんと暗いムードの作品なんだろう。(原作のコミックもそうなのかなぁ??)
続編が楽しみです。
竹泉亭 ( 2012年01月15日 )
先日、わたしが尊敬する某社長さんに案内されて四日市にある料亭・竹泉亭さんに行きました。
画像が粗く、意味不明な写真ですみません。
少しでもこちらのお店の雰囲気が伝わればいいのですが、竹泉亭さんの建物はたいへん趣がありました。
建てられたのは戦後まもなくの頃だとか。
なつかしい気分にどっぷりひたりました。電話室なんていう部屋までありました!!
当然、柱や床は本物の木。よく磨かれていて、飴色に光っています。
そうじの行きとどいた料理屋さんは美味しいに決まっています。
お料理も絶品でした!!!(写真がなくてスミマセン)
こんな素敵なお店を教えてくれた社長さんに感謝、感謝です。
『日本人の9割に英語はいらない』 ( 2012年01月14日 )
マイクロソフト㈱(日本法人)の元代表取締役で有名な成毛眞氏がおもしろい題名の本を書かれました。
書名は『日本人の9割に英語はいらない』。
英語が苦手なわたしにとって、なんとも心地よいタイトルです。
まず、成毛氏は日本の英語教育の問題点を指摘。
その問題点とは、①文法を重視しすぎる、②教師の質、教え方が悪い、③クラスの人数が多すぎる。
そのため中学・高校で910時間も英語教育に時間を遣いながら、英文のビジネスメールさえ書けない人がほとんどであります。
そもそも英語は暗記するしかない科目であり、“本当の意味での学問ではない”、と英語という勉強の本質を喝破します。
なぜなら、英語を勉強することは教えの意味もわからずにお経を覚えるのと似通った行為であり、いわば「信者」と同じようなものである、と成毛氏は言います。
つまり、普段使わない英語を黙々と暗記することは単調な作業を黙ってこなすのと同じ行為であり、組織の命令に対して服従的な人であろう。組織にとってこれほど有難い人はないだろう、と言うのです。
ところで、日本人で英語が本当に必要な人は海外勤務する人たちで、全体の1割ほどでしょう。残りの9割は必要ないのだから勉強するだけムダだということです。
それなのに社会人になってから英語を勉強する時間を増やすということは、その分他の勉強時間を削ることになります。
20代の社会人は仕事で覚えなければならないことがたくさんあります。それを学ぶことなく中堅社員になっていくことは、会社にとっても本人にとっても不幸といえるでしょう。
すなわち、成毛氏は英語を勉強する時間があれば、読書し、真の教養を身につけるよう警鐘をならしてみえます。
現代の日本人は、学生から社会人まで読書量が少なく、このままだと国が滅んでしまう、と成毛氏は嘆かれます。(教養のない=品性のない大人ばかりになってしまった。)
英語なんて勉強しなくていいから遊びなさいというわけではないのでお間違いなく。
書名は『日本人の9割に英語はいらない』。
英語が苦手なわたしにとって、なんとも心地よいタイトルです。
まず、成毛氏は日本の英語教育の問題点を指摘。
その問題点とは、①文法を重視しすぎる、②教師の質、教え方が悪い、③クラスの人数が多すぎる。
そのため中学・高校で910時間も英語教育に時間を遣いながら、英文のビジネスメールさえ書けない人がほとんどであります。
そもそも英語は暗記するしかない科目であり、“本当の意味での学問ではない”、と英語という勉強の本質を喝破します。
なぜなら、英語を勉強することは教えの意味もわからずにお経を覚えるのと似通った行為であり、いわば「信者」と同じようなものである、と成毛氏は言います。
つまり、普段使わない英語を黙々と暗記することは単調な作業を黙ってこなすのと同じ行為であり、組織の命令に対して服従的な人であろう。組織にとってこれほど有難い人はないだろう、と言うのです。
ところで、日本人で英語が本当に必要な人は海外勤務する人たちで、全体の1割ほどでしょう。残りの9割は必要ないのだから勉強するだけムダだということです。
それなのに社会人になってから英語を勉強する時間を増やすということは、その分他の勉強時間を削ることになります。
20代の社会人は仕事で覚えなければならないことがたくさんあります。それを学ぶことなく中堅社員になっていくことは、会社にとっても本人にとっても不幸といえるでしょう。
すなわち、成毛氏は英語を勉強する時間があれば、読書し、真の教養を身につけるよう警鐘をならしてみえます。
現代の日本人は、学生から社会人まで読書量が少なく、このままだと国が滅んでしまう、と成毛氏は嘆かれます。(教養のない=品性のない大人ばかりになってしまった。)
英語なんて勉強しなくていいから遊びなさいというわけではないのでお間違いなく。
藤沢久美氏の鋭い指摘 ( 2012年01月13日 )
2012年1月10日付け『日経新聞』3面の「C世代駆ける」に、シンクタンク・ソフィアバンク副代表の藤沢久美氏のコメントが掲載されていました。
非常に鋭い指摘に感心した次第です。
曰く“若い人はその時代に足りないものに対してハングリー。今の経営者や管理職の人は若い時、お金やモノに対してハングリーだった。今の若者は共感や社会を良くしたいとの思いに対してハングリーだ。上の世代が「若者に元気がない」と感じるのは、自分たちがかつて渇望したものを今の若者が求めないからだ。”
なるほど! すっきりしました!!
非常に鋭い指摘に感心した次第です。
曰く“若い人はその時代に足りないものに対してハングリー。今の経営者や管理職の人は若い時、お金やモノに対してハングリーだった。今の若者は共感や社会を良くしたいとの思いに対してハングリーだ。上の世代が「若者に元気がない」と感じるのは、自分たちがかつて渇望したものを今の若者が求めないからだ。”
なるほど! すっきりしました!!
『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 ( 2012年01月12日 )
一昨日、映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を観てきました。
公式HP=http://isoroku.jp/
結論から言えば、若い人、中学生や高校・大学生に観てほしい映画です。特に、今まで歴史に興味がないという人、端的に言えば、「山本五十六?誰それ??」というような方にこそ観てもらいたい。そして、観終わった後に明日の日本について議論してもらいたい、そんな映画でした。
話の筋はオーソドックスで、この時代の歴史に詳しい方なら特段驚くようなエピソードはありません。そういう意味では安心して見れる映画です。
聯合艦隊が海を進む様子や零戦の空中戦の映像は、CGと実写を組み合わせながらの力作です。
太平洋戦争開戦前夜、日本はそして世界も不景気で、閉塞感が国民をおおっていました。その不景気をぶっ飛ばすには戦争しかないと考えるノーテンキな一般市民。その世論をリードしてきたのがマスコミでした。
そして、そういう考え方は軍人においても多数派を占めていたようです。賛成はしなくても、積極的に異論を唱える者は少なく、沈黙=賛成とみなされた時代でした。
そんな中、主人公の山本五十六はアメリカとの戦争反対を積極的に主張した数少ない軍人の一人でした。
しかし、多数決に押し切られ、日本はアメリカとの戦争を始めてしまいます。しかも皮肉なことに海軍の聯合艦隊司令長官には、その山本五十六自身が抜擢されてしまいます。
山本は自分の信頼する参謀に作戦を立てさえ、真珠湾攻撃を実施。国民は緒戦の大勝利に大いに酔いしれます。大方の国民は戦意高揚しますが、中には冷静に戦争の残酷さをみつめる市井の人(小料理屋の女将)もいました。
軍部においても真珠湾の大勝利に喜ぶ者が大半でした。ただ、当の山本五十六と山本と気脈を通じる者たちだけは、初戦の失敗を認識しています。山本は自分のところに取材に来た新聞社の主幹に「講話の時機を考えている」と語ります。するとその主幹は「あなたは世論が求めているものを理解していない」と山本に罵声を浴びせ、部屋を出ていきます。映画の作り手のマスコミに対する批判が出ていたシーンでした。
ある時、山本五十六はその同じ新聞社の若い記者にこう語ります。「広く世界を見ること。目と耳と心を開いて。」と言います。その記者は戦後、その言葉を思い出し、自分に問いかけます。
その問いとは、「我々は誰に負けたのか?」
日本はたしかにアメリカに負けたのですが、それは自分たちで播いた種ではなかったのか?避けようとすれば避けることのできた戦争に突入したのはなぜか?
この問いの意味は大きいと思います。そして真の“負けた相手”は今もこの国に脈々と生き続け、われわれはいつか来た道(戦争という意味ではなく、国家が滅びるような出来事が人為的に起こされるということ)を止まることなく進んでいます。(わたしはそう思います。)
もし、戦争をしなければどうなっていたのか?どうやって不景気対策をしたのか?その答えを山本五十六に求めるのは酷というものでしょう。なぜなら、彼は軍人であり、そうしたことを考える役割は政治家にあるわけですから。
閑話休題、いろんないいシーンもありました。
特に、働く子どもや山本家の食事の場面は印象に残りました。
また山本長官の優しさも心に残りました。その優しさがなければ長官にはなれなかったかもしれませんし、その優しさゆえにご自分の主張を通すことができなかったのだろうとも思います。
将棋を指すカットも多くありました。山本五十六は将棋を能くしたが、囲碁を知らなかった。もし、囲碁を知っていたら、戦局も違ったであろう、というような意味の文章を読んだことがありますが、それは違うとわたしは思います。将棋や囲碁にたとえられるほど人間世界は単純なものではないからです。
いずれにしろ観られることをお薦めいたします。(拝)
☆引用したセリフは、自分の記憶に頼ったので、映画のものを正確に書いていないと思います。お許しください。
公式HP=http://isoroku.jp/
結論から言えば、若い人、中学生や高校・大学生に観てほしい映画です。特に、今まで歴史に興味がないという人、端的に言えば、「山本五十六?誰それ??」というような方にこそ観てもらいたい。そして、観終わった後に明日の日本について議論してもらいたい、そんな映画でした。
話の筋はオーソドックスで、この時代の歴史に詳しい方なら特段驚くようなエピソードはありません。そういう意味では安心して見れる映画です。
聯合艦隊が海を進む様子や零戦の空中戦の映像は、CGと実写を組み合わせながらの力作です。
太平洋戦争開戦前夜、日本はそして世界も不景気で、閉塞感が国民をおおっていました。その不景気をぶっ飛ばすには戦争しかないと考えるノーテンキな一般市民。その世論をリードしてきたのがマスコミでした。
そして、そういう考え方は軍人においても多数派を占めていたようです。賛成はしなくても、積極的に異論を唱える者は少なく、沈黙=賛成とみなされた時代でした。
そんな中、主人公の山本五十六はアメリカとの戦争反対を積極的に主張した数少ない軍人の一人でした。
しかし、多数決に押し切られ、日本はアメリカとの戦争を始めてしまいます。しかも皮肉なことに海軍の聯合艦隊司令長官には、その山本五十六自身が抜擢されてしまいます。
山本は自分の信頼する参謀に作戦を立てさえ、真珠湾攻撃を実施。国民は緒戦の大勝利に大いに酔いしれます。大方の国民は戦意高揚しますが、中には冷静に戦争の残酷さをみつめる市井の人(小料理屋の女将)もいました。
軍部においても真珠湾の大勝利に喜ぶ者が大半でした。ただ、当の山本五十六と山本と気脈を通じる者たちだけは、初戦の失敗を認識しています。山本は自分のところに取材に来た新聞社の主幹に「講話の時機を考えている」と語ります。するとその主幹は「あなたは世論が求めているものを理解していない」と山本に罵声を浴びせ、部屋を出ていきます。映画の作り手のマスコミに対する批判が出ていたシーンでした。
ある時、山本五十六はその同じ新聞社の若い記者にこう語ります。「広く世界を見ること。目と耳と心を開いて。」と言います。その記者は戦後、その言葉を思い出し、自分に問いかけます。
その問いとは、「我々は誰に負けたのか?」
日本はたしかにアメリカに負けたのですが、それは自分たちで播いた種ではなかったのか?避けようとすれば避けることのできた戦争に突入したのはなぜか?
この問いの意味は大きいと思います。そして真の“負けた相手”は今もこの国に脈々と生き続け、われわれはいつか来た道(戦争という意味ではなく、国家が滅びるような出来事が人為的に起こされるということ)を止まることなく進んでいます。(わたしはそう思います。)
もし、戦争をしなければどうなっていたのか?どうやって不景気対策をしたのか?その答えを山本五十六に求めるのは酷というものでしょう。なぜなら、彼は軍人であり、そうしたことを考える役割は政治家にあるわけですから。
閑話休題、いろんないいシーンもありました。
特に、働く子どもや山本家の食事の場面は印象に残りました。
また山本長官の優しさも心に残りました。その優しさがなければ長官にはなれなかったかもしれませんし、その優しさゆえにご自分の主張を通すことができなかったのだろうとも思います。
将棋を指すカットも多くありました。山本五十六は将棋を能くしたが、囲碁を知らなかった。もし、囲碁を知っていたら、戦局も違ったであろう、というような意味の文章を読んだことがありますが、それは違うとわたしは思います。将棋や囲碁にたとえられるほど人間世界は単純なものではないからです。
いずれにしろ観られることをお薦めいたします。(拝)
☆引用したセリフは、自分の記憶に頼ったので、映画のものを正確に書いていないと思います。お許しください。
ノビ文具店 ( 2012年01月11日 )
知人の親しい方のお店が津にあるときいたので行ってきました。
店のお名前は「ノビ文具店」。
三重県庁下にある“四天王会館”の2階にあります。
看板は会館前のサインポールに出ていますが、少しわかりにくいかもしれません。大人の秘密基地みたいな感じのお店です。
置いてある商品は、お洒落で、小粋で、格好いい文具が中心です。
早速に、わたしは前から探していた“小銭入れ”を買ってまいりました。
色がこの茶色の他にグリーンがあり、そちらとかなり迷いましたが、こちらに決めました。
中は赤く染められていて、キーホルダーが付いています。
ちなみにこういった拘りの文具を好きな大学生の長女に照会したところ、「もう知ってるし、買ったこともあるし」という返事でした。(案外わたしは子どもらのことを知りません。)
閑話休題、「ノビ文具店」。聞くところによると、四天王会館のオーナーは、このビルを文化の情報発信基地にしようとしていて、そこでノビさんに白羽の矢が立ったとか!
正直、津の人にこのような文化的なお店を支えるだけの力があるのか、甚だ疑問です。
一方で、津ぅっ子のわたしにしてみれば、是が非でも成功してもらいたい企画であることに変わりありません。
みなさん、がんばってくださいね。
わたしも心の中で応援してますよ!
『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』 ( 2012年01月10日 )

正月3日、近所のマイカルシネマのレイトショーで、『MISSION:IMPOSSIBLE/GHOST PROTOCOL』を観てきました。
さすがは、TOM CRUISE! 元気になる映画でした。
トム・クルーズによるこのシリーズも第4作。作品の好みは観る人によって違うものと思います。
わたしは、ストーリーとしては大どんでん返しのある第1作が好きです。そして、アクションでは第2作がいいですね。
第2作は、たまたまアメリカのミネアポリスで観たこともあって、印象に残っている作品です。
閑話休題、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』。トム・クルーズのアクションが相変わらず凄いです。わたしよりも年上なのにこれだけ頑張ってみえる方がいるというだけで大変励みなります。
今回の作品では、主人公のイーサンに対して“チーム・リーダー”という呼び方が出てきます。(前にも出てきたかもしれませんが・・・。)
リーダーとはどうあるべきか、というところも見どころであったように思います。決してベストとは言えないチームコンディションの中で、不可能と思われるミッションを成し遂げる力は本当、素晴らしい(映画だと言ってしまえばそれまでですが・・・。)
余談ですが、家の近くにシネコンがあるというのは便利なものです。徒歩15分、車で4分くらいでしょうか?本来であればもっと映画に親しみたいのですが、映画は贅沢品ということで家人のお許しが中々出ません。情けない限りです。(愚痴ってスミマセン。)
『蟹工船・党生活者』 ( 2012年01月09日 )
今さらながら、というか遅ればせながら『蟹工船・党生活者』(角川文庫版)を読みました。
プロレタリア文学の金字塔と言われるだけあって、読みごたえ十分!
“搾取”なんて言葉を久々に聞き(読み)ました。
この二作品に描かれているような階級闘争を経て、今日の日本があるのですね。(日本の場合、あいだに太平洋戦争に負けたということがあって、そのあたりの連続性が薄まっているとは思いますが・・・。)
作者の小林多喜二は、文字通り命を賭して活動を展開し、獄中死してしまうことはあまりにも有名です。しかし、わたしは不勉強にも、彼が貧しい家庭に生まれ、その後本人の努力と周囲の援助もあり、小樽高商を卒業。北海道拓殖銀行に就職したということは知りませんでした。
もし、彼がそのまま銀行員をしていたら、後世に名前を残すことはなくても、30歳という若さで非業の死を遂げることはなかったのではないかと思います。
(こんな考え方をするから、オマエはダメなんだ!と言われそうですね。)
この角川文庫版には雨宮処凛氏が2008年に書いた解説があります。
労働環境が逆行している21世紀における、『蟹工船・党生活者』の意義を鋭く説かれています。
過激な活動をせよと煽り立てるつもりは毛頭ありません。しかしながら、あまりにノーテンキな若者を見ていると、『蟹工船』を読めと言いたくなります。
そして、かつて、先進的な資本家がいち早く労働条件を改革していったように、現代の企業経営者にこそ『蟹工船』は必読の書だと思うのです。
余談ながら、角川文庫の巻末にある「角川文庫発刊に際して」(角川源義著、1949年)は名文ですね。この文章を載せ続ける同社に、出版社としての良心を感じます。
お役御免になったキャップ ( 2012年01月08日 )
今年初めて子どものソフトボールの練習に行ってきました。
練習のお手伝いを始めたのは3年前の1月でした。
その頃から愛用していたのが写真のキャップです。
元々はゴルフ用の帽子でした。
まだ使えるのですが、汗がしみたりしています。内側も汚れています。一番の理由はそろそろ飽きたからです。まぁ、勝手ですね
しかし、そういうことがないと消費は伸びないのでしょうが…。閑話休題。このキャップ、昨年末、ついにお役御免にしました。
長い間ありがとう。
年末の訃報 ( 2012年01月07日 )
年末の訃報で、「ああ、あの人も天にめされたか!」としみじみ思った方が二人みえた。
お一人は、映画監督の森田芳光さん。
デビュー作の『の・ようなもの』(1981年)を偶然、映画祭か何かで観た。
話の筋は全く覚えていないが、主人公は駆け出しの落語家であった。たしか栃木弁の俳優さんで、伊藤某とかいう方が演じていた。
その若手落語家は、鳴かず飛ばずで、あまり将来性もなさそうな感じ。本人も落語をあきらめて、田舎に帰ろうかどうか、と迷っているような話であったろうか?
「若い頃の談志なんかホントおもしろかったゼ! それに比べりゃオメエなんて全然オモシロクねー」なんていうふうなセリフがあったことを覚えている。天才の談志師匠と比べては気の毒だが・・・。
この映画はエンディングがよかった。主人公が誰もいない早朝の東京の町中を「じゅげむ」を話しながら歩いているシーン。おそらく相当の距離を歩いたんだろう。
師匠の家に帰りつく頃には、もう一度落語家としてがんばろうと決意が固まっていた、というような感じだったろうか?
いずれにしろ、その東京の、おそらく下町を歩くシーンは印象的だった。当時の映画評にもよくこの場面が取り上げられていたように思う。(もちろんほめて。東京再発見のようにも言われていた。当時はまだそういう視点で東京が語れることもなかったのではないだろうか。)
その後、森田氏は『家族ゲーム』で、一躍有名になり、『ときめきに死す』や『メイン・テーマ』などの話題作を撮った。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、ちょうどその頃にわたしは大学生だった。映画好きであれば好き・嫌いは別にして彼の作品は観ていないと話にならないようなところがあった。
わたしは彼の作品が案外好きだった。ただ、わたしの場合、その後の彼の作品は観ていない。
わたしの勝手な感想だが、森田氏の映画は雰囲気であって、深い意味のようなものがあまりないように思える。それが高度成長を遂げた後の時代である“80年代”という雰囲気によくマッチしていた。
もうおひと方は、脚本家の市川森一さん。
NHKの大河ドラマ『黄金の日日』も好きだったが、やはり市川さんといえば、『傷だらけの天使』しかない。

わたしら世代においては伝説を通り越して、バイブルのようなテレビ番組だった。
とにかく、おしゃれで、カッコイイ話だった。
写真は2003年に新風舎文庫から出版されたシナリオ本である。1983年に出版されたものを文庫化している。
この本に載っている市川氏の「あとがき」に次のような文がある。
自らも、時折、「傷だらけの天使」ッて何だろう?と自問することがあった。
数年ぶりに、再び、「傷だらけの天使」の脚本をめくる機会を与えられて、ぼくは、その答えを、自らの脚本の中に発見した。
(中略)
ファーストシーンの第一行目のト書きが、それだった。
ー鳩が、糞をたれて、飛びたつ。
「傷だらけの天使」は、この一行から始まった。
鳩=平和のシンボル。即ち、平和の糞。七十年代の繁栄がたれ流した糞。「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、実に、鳩の糞だったのだ。(同書220p)
わたしはこの市川さんの自嘲気味の「あとがき」がたいへん好きだ。
「傷だらけの天使」はなぜ、魅力的なのかがわかったような気になった。
それにしてもあの作品のショ-ケンも、水谷豊も若い。
森田さんと市川さん、お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 合掌
お一人は、映画監督の森田芳光さん。
デビュー作の『の・ようなもの』(1981年)を偶然、映画祭か何かで観た。
話の筋は全く覚えていないが、主人公は駆け出しの落語家であった。たしか栃木弁の俳優さんで、伊藤某とかいう方が演じていた。
その若手落語家は、鳴かず飛ばずで、あまり将来性もなさそうな感じ。本人も落語をあきらめて、田舎に帰ろうかどうか、と迷っているような話であったろうか?
「若い頃の談志なんかホントおもしろかったゼ! それに比べりゃオメエなんて全然オモシロクねー」なんていうふうなセリフがあったことを覚えている。天才の談志師匠と比べては気の毒だが・・・。
この映画はエンディングがよかった。主人公が誰もいない早朝の東京の町中を「じゅげむ」を話しながら歩いているシーン。おそらく相当の距離を歩いたんだろう。
師匠の家に帰りつく頃には、もう一度落語家としてがんばろうと決意が固まっていた、というような感じだったろうか?
いずれにしろ、その東京の、おそらく下町を歩くシーンは印象的だった。当時の映画評にもよくこの場面が取り上げられていたように思う。(もちろんほめて。東京再発見のようにも言われていた。当時はまだそういう視点で東京が語れることもなかったのではないだろうか。)
その後、森田氏は『家族ゲーム』で、一躍有名になり、『ときめきに死す』や『メイン・テーマ』などの話題作を撮った。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、ちょうどその頃にわたしは大学生だった。映画好きであれば好き・嫌いは別にして彼の作品は観ていないと話にならないようなところがあった。
わたしは彼の作品が案外好きだった。ただ、わたしの場合、その後の彼の作品は観ていない。
わたしの勝手な感想だが、森田氏の映画は雰囲気であって、深い意味のようなものがあまりないように思える。それが高度成長を遂げた後の時代である“80年代”という雰囲気によくマッチしていた。
もうおひと方は、脚本家の市川森一さん。
NHKの大河ドラマ『黄金の日日』も好きだったが、やはり市川さんといえば、『傷だらけの天使』しかない。
わたしら世代においては伝説を通り越して、バイブルのようなテレビ番組だった。
とにかく、おしゃれで、カッコイイ話だった。
写真は2003年に新風舎文庫から出版されたシナリオ本である。1983年に出版されたものを文庫化している。
この本に載っている市川氏の「あとがき」に次のような文がある。
自らも、時折、「傷だらけの天使」ッて何だろう?と自問することがあった。
数年ぶりに、再び、「傷だらけの天使」の脚本をめくる機会を与えられて、ぼくは、その答えを、自らの脚本の中に発見した。
(中略)
ファーストシーンの第一行目のト書きが、それだった。
ー鳩が、糞をたれて、飛びたつ。
「傷だらけの天使」は、この一行から始まった。
鳩=平和のシンボル。即ち、平和の糞。七十年代の繁栄がたれ流した糞。「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、実に、鳩の糞だったのだ。(同書220p)
わたしはこの市川さんの自嘲気味の「あとがき」がたいへん好きだ。
「傷だらけの天使」はなぜ、魅力的なのかがわかったような気になった。
それにしてもあの作品のショ-ケンも、水谷豊も若い。
森田さんと市川さん、お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 合掌
えと守 ( 2012年01月06日 )
わたしは辰年生まれなので、今年は神宮さんの「えと守」を購入しました。
“一刀彫”は伊勢の伝統工芸でもあります。
材は神宮林の楠材。
以前、伊勢の「まちかど博物館」で一刀彫を見学させてもらったことがあります。
一つ、一つの手作りで、たしか夏の頃からこの「えと守」作りを始め、冬までに一定数を準備するのだと聞いた記憶があります。
竜の表情は見る角度によって変化し、凛々しさの中に、どことなくユーモラスな雰囲気があります。
仕事始め&街角ディスプレイ ( 2012年01月04日 )
今日は仕事始め。
年末に人事異動があり、今日から新しい仲間がわたしの職場に初出勤で、早速引き継ぎをしてました。
ただでさえせわしない年末年始に転勤では、さぞかし当人同士も大変なことと思いました。
さて、本日、職場近くの「子どもの本専門店のメリーゴランド」さんをのぞくと、写真のようなディスプレイがショーウインドウを飾っていました。

「おはなし こころに つもる」
子どもたちは、こう感じているんでしょうね。
雪だるまも子どもらの作品なんだそうです。


少しピンボケ写真で恐縮です。
でも、たくさんの方に直接、見てもらいたいなぁと思う展示でした。
店内に飾られていた子どもの“書き初め”がまた素晴らしくて・・・、すみません
写真はありません。
気になる方はぜひ足を運んでみてください。
年末に人事異動があり、今日から新しい仲間がわたしの職場に初出勤で、早速引き継ぎをしてました。
ただでさえせわしない年末年始に転勤では、さぞかし当人同士も大変なことと思いました。
さて、本日、職場近くの「子どもの本専門店のメリーゴランド」さんをのぞくと、写真のようなディスプレイがショーウインドウを飾っていました。
「おはなし こころに つもる」
子どもたちは、こう感じているんでしょうね。
雪だるまも子どもらの作品なんだそうです。
少しピンボケ写真で恐縮です。
でも、たくさんの方に直接、見てもらいたいなぁと思う展示でした。
店内に飾られていた子どもの“書き初め”がまた素晴らしくて・・・、すみません
写真はありません。気になる方はぜひ足を運んでみてください。
お伊勢さんへ ( 2012年01月03日 )
今年も、3が日のお伊勢さん参拝に行きました。(本日行ってきました。)
5時半に津を出発。6時40分ごろ伊勢神宮横の河川敷駐車場に到着。
わが家は毎年このパターンで1月の2日または3日に参拝してますが、今年は例年以上に駐車している車が多いのに驚きました。
このパターンですと、渋滞知らずで参拝でき、そのあとのおかげ横丁での買い物や飲食もあまり待つことなくスムーズにできます。
本日は、参拝後、おはらい町を散策。
写真は午前8時ごろで、すでに相当の人出です。
わが家は恒例で、赤福本店さんの「赤福ぜんざい」を食べた後、豚捨さんの「コロッケ」を食べ歩き。
9時すぎに河川敷の駐車場を出て、帰路につきました。すでに駐車場周辺は自然渋滞が発生。
わが家は、途中で明和のイオンモールに寄り道した後、11時には自宅に到着。
わたしはその後、昼から近所の錫杖山を登りました。
山は風もそれほど強くなく、おだやかな天候でした。
新年の抱負 ( 2012年01月02日 )
ここ数年、新年の抱負のようなものを立てたことがないわたしですが、今年は“やりたいこと”について少し考えてみました。
まずは、仕事に関して、この3年ほどを振り返るとあまり身が入っていなかったように思います。
自分は仕事と趣味を両立できるほど器用な人間ではありませんので、常に仕事一色にして、やっと人並みの仕事のレベルでしょうか?
とはいえ、いろいろ他にもやりたいことがあるので、“仕事一色”というのも現実的には無理でしょう。
やりたいことというのは・・・、
・本をもっと読みたい
・ゴルフに月に1回ほどは行きたい。そして80台を出したい(昨年はコースラウンドは4回)
・ギターの練習を始めたい
・書道を習いたい
・写真の撮影技術を勉強したい
・もっと旅に出たい
・映画をもっと見たい
・体力づくりとしてもっと里山歩きをしたい
・いっそ旧東海道歩きを始めたい
・・・などなど。
これを全部やるには時間がどんだけあっても足りないことでしょう。
つまり、“攻める”気持ちと、“楽しむ”気持ちを大切にしたいということだと思いました。
周囲に気を遣いすぎたり、遠慮したりせず、人生を楽しむことを忘れないようにするということを新年に誓いたいと思います。
なんせ今年は“年男”ですしね

(周囲からは、今までもやりたいことやってきたのと違うんかい!?、という罵声が聞こえてきそうです。)
年越し参り ( 2012年01月01日 )
紅白歌合戦を見た後、近所にある四天王寺さんへ除夜の鐘をつきにいきました。
鐘楼にある鐘をつかさせていただけます。
境内ではかがり火が燃やされています。
ご住職が甘酒とぜんざいをふるまってみえ、これをいただくのもわたしの恒例行事。新年を迎える通過儀礼のような感じです。
その後、氏神様(うちの場合は比佐豆知神社)へ初詣に行きます。
さぁて、寝ようかな?
12・5 ( 2011年12月31日 )
今年の日本は「3・11」を除いては語れませんね。年末の報道特集なども「3・11」一色といっても過言ではないでしょう。
「3・11」の東日本大震災に起因して、原発の問題や犠牲になられた方々、復興の様子などそのほとんどが今も続いている“現実”であります。
閑話休題、昨年の12月5日、わが家の敷地内にある“はなれ”が火事になり、全焼しました。この家にはわたしの母(70歳)が一人で住んでいました。その母は大やけどを負いましたが、一命をとりとめました。
出火原因は母の火の不始末でした。ファンヒーターの前に置いてあったスプレー缶が熱さで爆発したためです。それまでも2回ほどファンヒーターの前にスプレー缶が置いてあったことがあったので厳重に注意しました。しかし、そのことを理解できず、ついに火事を出してしまいました。
朝、6時過ぎのできごとでした。不幸中の幸いとはこのことかと思いました。たまたまわたしが起きていて、消火活動の初動が迅速にできました。そうでなければ、火は灯油缶に燃え移り、大爆発を起こし、わたしたちが住んでいた母屋も焼けたことでしょう。母はおそらく焼死したでしょうし、わたしたち家族もどうなっていたかわかりません。
火事が起きた前日は強い風が吹いていました。しかし、この日の朝は無風。おかげで住宅密集地にもかかわらず、燃えたのはこの“はなれ”だけですみました。ご近所に類焼することがなくホッとしました。
母屋は焼けなかったので生活に支障はありませんでしたが、わたしとわたしの両親の思い出の品は全て焼けてしまいました。両親の結婚式の記念写真、わたしの学校時代のアルバムや卒業証書、昔蒐集したレコード、古い手紙、その他思い出深い品物の数々、それら全てがなくなりました。
特にアルバムがなくなったことは、なんと表現すれば自分の想いが伝えることができるのかよくわかりません。過去がすっぽりとなくなったような感覚とでもいうようなふうです。焼け跡からほんの数枚の写真を拾いました。それらはどれも出来がよくないためアルバムに貼られずに、袋に入れっぱなしになっていたものでした。それが幸いして手元に残りました。それでもないよりはマシな気がしました。
この火事の後、わたしはほとんどのことがどうでもよいと思うようになりました。ただし自暴自棄というのとも違うのです。気力が失せ、ふんばりが利かなくなったというのが近いかもしれません。がんばろうという気がなくなったのです。
わたしはどちらかといえば蒐集癖があるほうで、過去の記念品を大事に残してきました。それらはほんの数時間で灰になりました。自分で言うのもなんですが、自分なりにがんばってきました。そして積み上げてきた生活が、全てはではないにしろ打撃を受けました。これも運が良かったからで、もし一つでも違ったら全てをなくした可能性があります。
焼けたはなれも母屋もわたしが借金をして建てたものです。経済的打撃も大きかったのも事実です。
こうして物心ともに受けた傷がわたしを無気力にしました。がんばってきても同じだという気持ちが強くなりました。
わたしの母親というのはどうしようもない人間で、その事実をここに書く勇気はわたしにはありません。自分の母親をそのようにけなすのはどうかと、批判する方もおみえでしょうが、母の実態を知ってくれている方々はわたしの弁に頷いていただけます。
ほとんど働いた経験はなく、病的な浪費家で、好き勝手生きてきて、子どもの助言にも耳を貸さず、ついに家を焼いてしまいました。
悪運は強く、今回も30%の確率をしぶとくつかみ取り、蘇えってきました。わたしはこの悪魔のような母から自分の家族を守るのが自分の使命だということが、この火事の後、よくわかりました。
そのためには何も知らない他人様からは親不孝のそしりを受けることもあります。これはわたしにとって相当につらいことです。しかし、それを聞き流さないとわたしは自分の子らを守ることができないでしょう。
生きているのはつらく、苦しく、ほとんどの事がどうでもいいとしか思えなくなりました。そうした気持ちで今年、1年を終えようとしております。
わたしのくだらない身の上話など諸兄には笑止千万のことかと思います。
今回、今頃になってこの話をアップするのは、「3・11」の被害に遭われたお一人、お一人が皆んな違った想いで、いろんな身の上を抱えているのだろうということをわたしの卑近な例を示すことで実感できるのではないかと思ったからです。
地震と津波という天災で愛する家族や仕事をなくされた方はどのような気持ちでこの大晦日を迎えられているのか。
原発という人が造った災いの基で、暮らしをめちゃくちゃにされた方々はどこに怒りをぶつければよいのか。
その人たちのお気持ちを察することは、わたしにはできません。そんな軽いものとは違うのです。
「3・11」の東日本大震災に起因して、原発の問題や犠牲になられた方々、復興の様子などそのほとんどが今も続いている“現実”であります。
閑話休題、昨年の12月5日、わが家の敷地内にある“はなれ”が火事になり、全焼しました。この家にはわたしの母(70歳)が一人で住んでいました。その母は大やけどを負いましたが、一命をとりとめました。
出火原因は母の火の不始末でした。ファンヒーターの前に置いてあったスプレー缶が熱さで爆発したためです。それまでも2回ほどファンヒーターの前にスプレー缶が置いてあったことがあったので厳重に注意しました。しかし、そのことを理解できず、ついに火事を出してしまいました。
朝、6時過ぎのできごとでした。不幸中の幸いとはこのことかと思いました。たまたまわたしが起きていて、消火活動の初動が迅速にできました。そうでなければ、火は灯油缶に燃え移り、大爆発を起こし、わたしたちが住んでいた母屋も焼けたことでしょう。母はおそらく焼死したでしょうし、わたしたち家族もどうなっていたかわかりません。
火事が起きた前日は強い風が吹いていました。しかし、この日の朝は無風。おかげで住宅密集地にもかかわらず、燃えたのはこの“はなれ”だけですみました。ご近所に類焼することがなくホッとしました。
母屋は焼けなかったので生活に支障はありませんでしたが、わたしとわたしの両親の思い出の品は全て焼けてしまいました。両親の結婚式の記念写真、わたしの学校時代のアルバムや卒業証書、昔蒐集したレコード、古い手紙、その他思い出深い品物の数々、それら全てがなくなりました。
特にアルバムがなくなったことは、なんと表現すれば自分の想いが伝えることができるのかよくわかりません。過去がすっぽりとなくなったような感覚とでもいうようなふうです。焼け跡からほんの数枚の写真を拾いました。それらはどれも出来がよくないためアルバムに貼られずに、袋に入れっぱなしになっていたものでした。それが幸いして手元に残りました。それでもないよりはマシな気がしました。
この火事の後、わたしはほとんどのことがどうでもよいと思うようになりました。ただし自暴自棄というのとも違うのです。気力が失せ、ふんばりが利かなくなったというのが近いかもしれません。がんばろうという気がなくなったのです。
わたしはどちらかといえば蒐集癖があるほうで、過去の記念品を大事に残してきました。それらはほんの数時間で灰になりました。自分で言うのもなんですが、自分なりにがんばってきました。そして積み上げてきた生活が、全てはではないにしろ打撃を受けました。これも運が良かったからで、もし一つでも違ったら全てをなくした可能性があります。
焼けたはなれも母屋もわたしが借金をして建てたものです。経済的打撃も大きかったのも事実です。
こうして物心ともに受けた傷がわたしを無気力にしました。がんばってきても同じだという気持ちが強くなりました。
わたしの母親というのはどうしようもない人間で、その事実をここに書く勇気はわたしにはありません。自分の母親をそのようにけなすのはどうかと、批判する方もおみえでしょうが、母の実態を知ってくれている方々はわたしの弁に頷いていただけます。
ほとんど働いた経験はなく、病的な浪費家で、好き勝手生きてきて、子どもの助言にも耳を貸さず、ついに家を焼いてしまいました。
悪運は強く、今回も30%の確率をしぶとくつかみ取り、蘇えってきました。わたしはこの悪魔のような母から自分の家族を守るのが自分の使命だということが、この火事の後、よくわかりました。
そのためには何も知らない他人様からは親不孝のそしりを受けることもあります。これはわたしにとって相当につらいことです。しかし、それを聞き流さないとわたしは自分の子らを守ることができないでしょう。
生きているのはつらく、苦しく、ほとんどの事がどうでもいいとしか思えなくなりました。そうした気持ちで今年、1年を終えようとしております。
わたしのくだらない身の上話など諸兄には笑止千万のことかと思います。
今回、今頃になってこの話をアップするのは、「3・11」の被害に遭われたお一人、お一人が皆んな違った想いで、いろんな身の上を抱えているのだろうということをわたしの卑近な例を示すことで実感できるのではないかと思ったからです。
地震と津波という天災で愛する家族や仕事をなくされた方はどのような気持ちでこの大晦日を迎えられているのか。
原発という人が造った災いの基で、暮らしをめちゃくちゃにされた方々はどこに怒りをぶつければよいのか。
その人たちのお気持ちを察することは、わたしにはできません。そんな軽いものとは違うのです。
家政婦vs妖怪人間 ( 2011年12月28日 )
今さらながらのヨタ話です。
この10月~12月期のドラマについて個人的感想を。
言うまでもなくタイトルの意味は、『家政婦のミタ』と『妖怪人間ベム』です。
『家政婦のミタ』は最初こそ酷評されてましたが、回を重ねるごとに評判が評判を呼び、最終回はなんと視聴率40%突破したことは周知の事実でしょう。
わたしも最初は見てませんでした。題名から、あの市原悦子の往年の名作『家政婦は見た』シリーズのパロディかと思ったからでした。
しかし、まったく関連はなく、むしろ『女王の教室』や『ハケンの品格』とつながるものを感じました。きけば、『女王ー』と同じ脚本家らしいですね。
特に最終回から3話くらい前の話で、ミタさんが自分の過去を打ち明けるシーンは圧巻。あの場面を観て、わたしは本作は女優・松島菜々子の代表作になるのでは!?、と強く思いました。
それにしてもこの作品の設定自体は“とんでもない”ことです。
その“とんでもない話”がお茶の間(死語?)に受け入れられ、なおかつ高視聴率を叩きだすあたりに日本社会の病巣の深さがうかがえる気がします。
もう一つの今期の話題作『妖怪人間ベム』は“とんでもなさ”では『家政婦ー』の比ではありません。
この作品は第1回と最終話だけを観ました。
アニメ作品を幼少の頃に見ていたわたしは、どうしてもあの実写化が許せなかった。
そもそも『妖怪人間』の魅力は、あのオドロオドロシイ雰囲気、ヨーロッパの町並みを思わせる舞台設定、そして妖怪人間を特徴付ける“3本指”。あの3本指を封印したところで、見る気が失せました。
しかし、たまたま見た最終話で、少し本作を見直しました。今回の実写化は、アニメ作品への強烈なリスペクトから生まれたように感じたからです。どこで感じたかというと、エンディングのナレーションがアニメと全く同じ、忠実に再現されていたからです。そういえば、オープニングもそうでした。
さて、こうした強烈なドラマの後に、どのような作品が登場するのか、次の4半期の作品に興味津々です。
以上、ヨタ話でした(ちゃんちゃん
)
この10月~12月期のドラマについて個人的感想を。
言うまでもなくタイトルの意味は、『家政婦のミタ』と『妖怪人間ベム』です。
『家政婦のミタ』は最初こそ酷評されてましたが、回を重ねるごとに評判が評判を呼び、最終回はなんと視聴率40%突破したことは周知の事実でしょう。
わたしも最初は見てませんでした。題名から、あの市原悦子の往年の名作『家政婦は見た』シリーズのパロディかと思ったからでした。
しかし、まったく関連はなく、むしろ『女王の教室』や『ハケンの品格』とつながるものを感じました。きけば、『女王ー』と同じ脚本家らしいですね。
特に最終回から3話くらい前の話で、ミタさんが自分の過去を打ち明けるシーンは圧巻。あの場面を観て、わたしは本作は女優・松島菜々子の代表作になるのでは!?、と強く思いました。
それにしてもこの作品の設定自体は“とんでもない”ことです。
その“とんでもない話”がお茶の間(死語?)に受け入れられ、なおかつ高視聴率を叩きだすあたりに日本社会の病巣の深さがうかがえる気がします。
もう一つの今期の話題作『妖怪人間ベム』は“とんでもなさ”では『家政婦ー』の比ではありません。
この作品は第1回と最終話だけを観ました。
アニメ作品を幼少の頃に見ていたわたしは、どうしてもあの実写化が許せなかった。
そもそも『妖怪人間』の魅力は、あのオドロオドロシイ雰囲気、ヨーロッパの町並みを思わせる舞台設定、そして妖怪人間を特徴付ける“3本指”。あの3本指を封印したところで、見る気が失せました。
しかし、たまたま見た最終話で、少し本作を見直しました。今回の実写化は、アニメ作品への強烈なリスペクトから生まれたように感じたからです。どこで感じたかというと、エンディングのナレーションがアニメと全く同じ、忠実に再現されていたからです。そういえば、オープニングもそうでした。
さて、こうした強烈なドラマの後に、どのような作品が登場するのか、次の4半期の作品に興味津々です。
以上、ヨタ話でした(ちゃんちゃん
)今年の一字「絆」 ( 2011年12月25日 )
今日は清水寺に行きました。
今年の一字「絆」を観てきました。
年末のためか、高校駅伝を避けたのか、午前中であったためか、その相乗効果なのか、いずれにしろ、本日午前中の清水寺は案外空いていました。
清水寺近くの本家西尾の八ツ橋を買いました。
西尾家家訓が店内に飾ってありましたので、撮影してきました。
いい言葉であります。
2011年ヒット商品番付 ( 2011年12月25日 )
少し前の話で恐縮ですが、去る12月7日の『日経MJ新聞』に、恒例の「2011年ヒット商品番付」が掲載されました。
東の横綱はアップル。
西の横綱は節電商品でした。
ちなみにこの商品番付は、今年が41回目。逆算すれば1971年から始まった企画ということになります。
「横綱」は、その年のヒット商品の顔であることは言うまでもありませんが、何年か後にその商品名を見ただけで容易にその年がどんな年であったか思い出せるような商品を選ぶのが鉄則なのだそうです。
そういう目でもう一度、今年の横綱を見ると、たいへん意味深いものだと感心しました。
スマホの普及とその開発者であるスティーブ・ジョブ氏の死去。そして「3・11」の大震災。
来年は全人類にとってよい年でありますように

わが家のケーキ(メリークリスマス) ( 2011年12月24日 )
『下山の思想』 ( 2011年12月24日 )
わたしの大好きな作家である五木寛之さんの新刊が新書で出ました。
広告とかもガンガン流れているので、題名だけご存じの方も多いでしょうし、早速読んだという諸兄もかなりみえるのではないかと思います。
わたしなりにこの本の結論を簡単に述べると、「山は登るだけでなく、登ったら必ず“下る”という行為が必要になる。日本は今、その下る時代なのだから、上手に下りることが必要だ」、ということです。
なんとも五木さんらしい大胆な発想です。しかもそれを公言するのですから、この方はすごい。
登山が趣味です、といっても、“下山”が趣味ですとは言いません。しかし、登山の行程の半分弱が下山なのですから、登山が趣味の方は下山も楽しんでいるのでしょうね。
わたしもたまに近所の低い山に行きます。その際は下山に気を遣います。急いで下りると膝を痛めてしまうからです。ゆっくり、自分のペースを守りながら下ります。
あの箱根駅伝でも、「下りのスペシャリスト」がいるように、下りることも難しいのです。日本は今、うまく下りれるかどうかの瀬戸際なのでしょう!? 言うまでもなく、下りるのと、“落ちる”のは違うわけですから。
一方、こういう考え方は、日本人的(または東洋的)であって、西洋では通じないのかもしれません。「P→D→C→Aサイクル」や「ISO」の考え方は、バベルの塔よろしく永遠に登っていく考え方に成り立っているわけですから。
もっとも、日本には“トヨタ式カイゼン”という考え方が生まれたように、これは一個人の性質であって、洋の東西を問わないのかもしれません。(今、気が付きました)
閑話休題、『下山の思想』。この本は「5章」に分かれていて、お互いはそれほど強く関連づいていません。つまり、起承転結という構成ではありません。
その中で、「ノスタルジーのすすめ」という章がよかった。
この章では、靴に関して五木さんの想いが述べられています。それは、深くておもしろく、広くファッションとは何かということにまで言及されているように思いました。
そして、この章も『下山の思想』とは無縁ではなく、逆にその実践編だったと最後になって気が付きました。
「砂に水がしみ込むように、歳月が心にしみこんでくる。今は還らぬ季節。それは還らざる昨日であるからこそ、貴重なのである。」(同書221p)
広告とかもガンガン流れているので、題名だけご存じの方も多いでしょうし、早速読んだという諸兄もかなりみえるのではないかと思います。
わたしなりにこの本の結論を簡単に述べると、「山は登るだけでなく、登ったら必ず“下る”という行為が必要になる。日本は今、その下る時代なのだから、上手に下りることが必要だ」、ということです。
なんとも五木さんらしい大胆な発想です。しかもそれを公言するのですから、この方はすごい。
登山が趣味です、といっても、“下山”が趣味ですとは言いません。しかし、登山の行程の半分弱が下山なのですから、登山が趣味の方は下山も楽しんでいるのでしょうね。
わたしもたまに近所の低い山に行きます。その際は下山に気を遣います。急いで下りると膝を痛めてしまうからです。ゆっくり、自分のペースを守りながら下ります。
あの箱根駅伝でも、「下りのスペシャリスト」がいるように、下りることも難しいのです。日本は今、うまく下りれるかどうかの瀬戸際なのでしょう!? 言うまでもなく、下りるのと、“落ちる”のは違うわけですから。
一方、こういう考え方は、日本人的(または東洋的)であって、西洋では通じないのかもしれません。「P→D→C→Aサイクル」や「ISO」の考え方は、バベルの塔よろしく永遠に登っていく考え方に成り立っているわけですから。
もっとも、日本には“トヨタ式カイゼン”という考え方が生まれたように、これは一個人の性質であって、洋の東西を問わないのかもしれません。(今、気が付きました)
閑話休題、『下山の思想』。この本は「5章」に分かれていて、お互いはそれほど強く関連づいていません。つまり、起承転結という構成ではありません。
その中で、「ノスタルジーのすすめ」という章がよかった。
この章では、靴に関して五木さんの想いが述べられています。それは、深くておもしろく、広くファッションとは何かということにまで言及されているように思いました。
そして、この章も『下山の思想』とは無縁ではなく、逆にその実践編だったと最後になって気が付きました。
「砂に水がしみ込むように、歳月が心にしみこんでくる。今は還らぬ季節。それは還らざる昨日であるからこそ、貴重なのである。」(同書221p)


